「仏となる修行」 がお遍路  

心が澄みわたり、静かな水面のようにこの世界を映している。自分は他者となんの隔たりもない無碍(むげ)の心になる。まさに大海のように、心がすべてのものを映している。  

弘法大師は説かれます。「心の底の湛然たる、清らな自心を観ぜよ」と

   → 心得のページヘ    → 心の本質  (大空位に遊歩)

 

 雨が数日降り続いたあとや、夕闇の入山は危険です。

雨が何日も降り続くと道が崩れたりします。
薄暗い早朝、夕方は、崖状になっている山道の遍路はとても危険です。無理せず迂回したり、天候の情報を入れて好天を待ったりよく気をつけてください。

 

オーストラリアから来たお遍路さんKlaytenさん。満願してお礼参りに訪れ木下さんと思い出を話しました。

しんどかった?と聞くとI came closer to the true nature. へぇ。自然がキレイやったの?って聞くと、

いや違う。心の奥にある静かな世界のことが the true nature なのだそうです。

 

 一番札所の名物 (尼僧) 木下さんに教えてもらおう

高野山の無量光院で十年余り修行し、おへんろの世話をしようと一番札所霊山寺へ来られた木下 紀宝(きほう)さんは、お遍路さんに一番人気。女性の方も相談しやすい気さくな尼さんです。

 

出発のときに心得を聞いて出た人は、満願成就した後みな会いに来る。「お元気でようお参り。またお出かけください。」が口癖。

 

 

    高山林さん(大阪)の絵葉書のご紹介

お遍路をしていろんな人にめぐり合い、仏様の話をするうち・・・
心に浮かんだ句を添え、こんな絵葉書を書かいてみました。

 

 


  「 女性の歩き遍路さん 」にお話を聞きました。

二十歳のお祝いに父から「三十歳までに自分のしたいことを決めろ」と言われて封筒を貰って、東京に出ました。・・・それ以来「今日が大事。今日やりたいことを、今日やる。」と手当たり次第にしたい事をしたの。

でも、ちょうど三十歳の誕生日が近づいた時、「歩き遍路」をしてみよう。本当に大切なことがわかるかなって思って、梅雨の雨の中を歩き始めました。

88番を打ち終えて山を下ると、ちょうど8番さんあたりへ出て、「あれっ、一度歩いた道だ」と思い出したら、何か感動しました。歩き始めた日もたしか雨でした。

私は「自分の生きていくことの決意」もお遍路でできました。それは父と同じ「写真を仕事にしたい」ってこと・・・

一人歩いていたり、お寺で一人で手を合わせていると、心の静けさをよく感じましたね。
もちろん、いつも感謝していましたよぉ。
「嬉しいっ。今日は寝るところがある。」とかね・・・

 

外国からのお遍路さんにいろいろ聞いてみました。

Q. お四国参りはどうでしたか?

A. Kobodaishi is living here. 弘法大師は今もここに生きている。

 

A. Peaceful. Very peaceful place.

A.シアトルから来ました。良かったですが女体山越えは大変でした

A. ??????? イタリア語での感想は分かりませんでした。

 

 

お遍路(へんろ)とは?

お遍路は、弘法大師の足跡を慕って四国の仏蹟を巡るへんろ修行のことです。

大師は若い頃の修行の様子を「飛焔(焼山寺)をさんすいに望み、阿波国の太龍の岳にのぼり攀じ、土佐洲の室戸岬に勤念す。谷響きを惜しまず、明星来影す 」 と記されています。その大師の足跡を、古来より大勢の修行者が巡っています。  → 遍路の歴史のページへ


車で行けば約一週間、自転車では十日〜二週間前後、歩き遍路では四十五日前後かかります。 

→へんろのプラン

行く先々で四国の風土、特にお接待と呼ばれる遍路さんへのもてなしの心に出会われることでしょう。 → お接待のホームページへ

 

全盲のお遍路修行のページへ  → 四月八日お釈迦様の誕生日に

 

 

ご詠歌の謎」もわかる本

高野山大学の下西教授の講義ノートを基にした渾身の一冊です。

たとえば69番観音寺のご詠歌は、
観音の大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ です。
でも、「たべ」って何なの?食べちゃうのかな・・・と変に思っていませんか?「たべ」は「たまへ(給へ)」という尊敬語だとか。引きあげるは、力(ちから)の縁語らしい? 

目から鱗の説明が盛りだくさん。    →ご詠歌の謎のページへ

 

 

 

へんろ逆打ち 閏年の逆周りについて (なぜ遍路は右廻りか? )

僧は袈裟で左の半身を被い、右は肩を露出します。これは (偏袒右肩 へんだんうけん )と言い仏への敬心を示します。露わにした右肩を常に仏にむける為に、聖なるものの周りを「右廻り」に廻り祈ります。

逆うちについては 「衛門三郎」さんが二十一回お四国遍路したあと、逆に廻って大師と会った伝えによりますが、逆打ちは「生まれ変われる」とか「死者に会える」ともいいます。 → 逆打ちについて (閏年の逆周り)

 

 

納め札は「修行者のしるし」   

お遍路さんも一人の修行者として「行場(つまりお寺の本堂や大師堂)へお札を残して感謝します。」最初は、白い紙のお札に「先祖供養」と「家内安全」を願って納めます。赤い札や銀のお札になると「天下泰平」と書かれたお札を使われます。既に何度も遍路をされているので、お大師様のお弟子として、世の中の乱れのないように社会の浄化を望まれる使命をお持ちください。

遍路さんに、お接待をしたときに「納め札」をお礼に頂き拝んで頂けることがあります。これは色の違いにかかわらず束にして「お守り」になります。たまたまその時に錦のお札を頂けると、大切にご家宝にします。

→ 金の納め札・錦の納め札のページへ

           

 

 

曼荼羅 胎蔵マンダラ

秘密の仏乗に入る 〔弘法大師の言葉 ・ 声字実相義〕

仏の世界〔実相〕に入らせようと、仏の力が働いている。仏の教えをあまねく衆生に施さんと仏は望み・・・自在に加持して、さまざまな言葉 を与える。

 

 

ひたすら諦縁して、この声字を観ずれば、仏の加持身を見ることができる。仏はもろもろの身となって、いたるところに示現し、あらゆるものを生み、あらゆるものを育て、あらゆるものを哺くんでいる。

 

この法身の姿を見、その説法を聞くには、「この体の底には・・・自分ひとりの個を超えた世界的、歴史的な働きが脈打っていると・・・体や生活の中で感じ、全身全霊を捧げて、その実相にとけ込み、それと合一して生きるようにせねばならない。言葉に尽くしえぬ霊性がある。この世に存在する一事一物、何一つとして法身仏の象徴であり、説法でないものはありえない。」〔栂尾祥雲師〕 863041710

 

 

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→般若心経の秘密の鍵 弘法大師

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