第10番札所 切幡寺 「女人成仏の寺」
昔、この山の麓に幡を織る若い女がいた。
この寺に逗留して行をしていた大師は、行中に着物が汚れてしまった。
大師は、麓の村へ托鉢に出たとき「今日は結願なので余り布があれば、少し頂けまいか」と、若い女に乞うと、
娘は織っていた布を惜しみも無く断ち切って、大師に供養した。
感動された大師が何か望みは無いかと問うと
「私の父親は都人でしたが、薬子の乱にかかわって島流しになりました。私を身篭っていた母は生れてくる子が男であれば殺されるので女の子が生れるよう清水の観音様にお願いしたところ、幸せにも女の子が生れました。私のことを「清水の観音様が授けてくださった」と母に教えられたのです。
仏門に入り亡き父母に代わり観音様に供養したいと、あまりに清らな心で大師に語るので、大師が得度をさせようと加持をすると、たちまち娘は観音様に姿を変えた。・・・」大師はこの事を時の天皇に伝え、勅願により堂宇を建てる事になったが、自ら彫った観音像を南向きに、そして即身成仏した千手観音は自ずから北向きに本堂に納まったと言う。得度山切幡寺の名はこの寺伝による。女人成仏の寺として有名。
大塔は初重と二重の間が方形で、国指定の重文。豊臣秀頼が秀吉の供養に建立したものを移築したもの。
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