第15番札所  国分寺 「烏瑟沙摩明王」

 

奈良時代は「青によし」と呼ばれた都の美しさの反面、凶作と疫病が蔓延した。 聖武天皇は、国ごとに丈六の釈迦牟尼仏の造立と大般若経を納める事を命じた。 壮大な七堂伽藍が建てられたが、天正の兵火により烏瑟沙摩明王堂を残して灰燼に帰した。このお堂に本尊様を仮安置していたが、後代に阿波藩郡奉行速水角五郎によって再建されてより、曹洞宗の寺になっている。 烏瑟沙摩明王は下の病気によく、お札を受ける人が多い。