第 51番札所 石手寺 「衛門三郎再来」の小石

 

  神亀五年に伊予の越智玉純が霊夢で二十五菩薩の来臨を見て、熊野十二社を祀ったのを機に、聖武天皇の勅願寺とした翌年行基が薬師如来を納める。法相宗の「安養寺」となる。 道後の湯築城の城主河野息利の妻の産んだ子が生後三年たっても手を開かず、安養寺の住職が祈祷したところやっと開いた手の中から「衛門三郎再来」の小石が転がり落ちた。15歳で家督を継いだこの子供は息方と名づけられたが、十二番焼山寺の麓で亡くなった衛門三郎の産まれかわりであった。石は寺に納められ、いつしか「石手寺」と呼ばれるようになった。仁王門は国宝である。本堂、三重塔、鐘楼、五輪塔、訶梨帝母堂、護摩堂などは重文。 立体曼荼羅形式の伽藍配置をしている。