第62番札所 宝寿寺 光明皇后の姿の十一面観音

 

聖武天皇はこの寺を金光明最勝王経を奉納し、道慈をして講読させたといわれる。 道慈は大同元年に入唐し養老に念に帰朝したのち、大安寺の運営に当たっていた。 この寺に留まっていた弘法大師は、光明皇后の姿を模して十一面観音を刻み本尊として宝寿寺とした。光明皇后は篤く仏法に帰依し、東大寺や国分寺、国分尼寺を造立した。悲田院、施薬院を創られた。 国司越智公は難産の夫人のために大師に祈願を願うと 大師は境内の玉の井を加持して与えたところ、夫人は若君を安産し玉澄と 「五月雨の後に出でたる玉の井は白坪なるや一宮かは」と詠まれた。以来安産観音さんとして信仰される。