第26番札所 金剛頂寺 「西寺」

 

  室戸三山の一つの「西寺」として親しまれている。大師が室戸で求聞持法を修した時、「同じように勝れた地がある」として伽藍を建じ「金剛定寺」として開かれたとある。古くは洞窟(みくろど)の24番の最御崎寺と26番の金剛頂寺を胎蔵・金剛の両者が一つになって修行ができるとされた。 大師が平成天皇の勅願により薬師如来を本尊として寺を創建した大同年間の頃は、女人禁制の山であり不動堂から遥拝すし「金剛定寺」と言われていた。嵯峨天皇より「金剛頂寺」の勅額を賜った事から寺の名を改めた。淳和天皇の勅願所としても庇護を受けた。長曽我部元親を始め歴代領主より寄進を受け、金銅旅檀具は平安時代に大師が各地で修法をしたときの法具として国指定の重文に指定されている。板彫りの真言八祖像など数多くの文化財が残されている。 飢饉の折に近在の民に分け隔てなく小豆粥を振舞ったとされる一粒万倍の釜がある。仏の徳になんと大勢の人が涙したか偲ばれる大釜である。