第31番札所 竹林寺 「夢窓国師の庭」

 

  聖武天皇が、「中国の五台山で文殊菩薩を拝まれた」という不思議な夢を見られた。夢から目覚めた天皇は、わが国にもこれに似た霊地が有るに違いないと行基に命じて諸国を探させた。神亀元年行基は五台山に似た当山を見つけ、これぞ天皇の捜し求めておられる唐の五大山にふさわしい霊地であると奏上し、勅許を得て寺を建立し、自ら栴檀の木に文殊菩薩を刻んで安置した。 大師がこの地を巡錫し、伽藍を修築された。本尊の文殊菩薩は獅子の上に坐られ、仏陀波罹、採桑老、優填王、善賦師童子の四人の従者を従える。四従者をはじめ藤原時代から鎌倉時代にかけての国指定の重文など十余体の仏像が宝物館では見られる。 多くの名僧がこの寺を訪れ、中でも夢窓国師は一年余り山麓の「吸江庵」に止住し、中国の蓬莱山をかたどって庭園を作った。その門弟から義堂周信や絶海中津らの大学者が出ている。 山内一豊公は、住職の空鏡上人の教えに従って「高知城」と名づけた。 高知は、もともと「高智」から来たが、高知の人は日がら一日お酒を飲まれるので、「智」の日まで飲んでしまった。という話もある。門前には高知の生んだ植物学者「牧野」富太郎博士の植物園がある。 よさこい節の「坊さんかんざし」の僧は竹林寺の脇の妙光寺の僧「純信」が鋳掛け屋の娘「お馬」と共に駆け落ちした話である。捕らえられた二人は、純信は国外追放、お馬も仁淀川限りの追放となった。