「お釈迦様の教え」 八正道 その2

正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定

 

正見(正しく見る)・・・とはどういうことでしょう?

悟りを開いたお釈迦様は静かで、満ち足りた心の統一正定)に入られていました。この心の統一に入られたお釈迦様が見たように、思惟して、言葉を選ぶことが正見正思惟正語であるのです。

 

お釈迦様は「人々に眼を与え、智を生じさせ」 全ての人を涅槃寂静に導こうとします。
その一方で「 私の悟った法は、甚深微妙で、思惟の領域を超えている 」 と言い悟りの内容を教えるのをお釈迦様はためらったとされます。 (増阿含経等)

悟りを開いた当初(華厳時)にお釈迦様は、過去の生に思いをいたし、百千の過去の生涯を思い起こし、全ての有情の生死を見て、その一切の命には苦しみに満たされている事を知るのです。そうしてついに生死流転の無明輪廻を解脱した、とされます。

 

また正見とは、「縁起」を正しく見ることであると言われてきました。縁起は「苦」の生じる過程を分析して「無明・行・識・明色・六所・触・受・愛・取・有・生・老死」の四から十二程度の段階に分けたとらえ方です。(しかし縁起の説は釈尊よりもっと昔に成立していたと最近では言われています。 )

 

正精進・正念・正命とは「努め励み、念は乱れず心を統一する」お釈迦様の悟りを求める態度そのものです。

 

四法印 (諸行無常・諸法無我・涅槃寂静と「一切皆苦」

一切皆苦)・・・苦を感じるように人は宿命づけられている。

四苦八苦 (愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)

愛別離苦 愛する人と離れる苦しみ 怨憎会苦 嫌な人と会う苦しみ

求不得苦 欲しいものが得られない 五蘊盛苦 体と心の生み出す苦悩

 

「お釈迦様の教え」 四諦

苦諦  生あるものの実相は苦であり、生老病死は避けて通れない。

集諦  苦がどのように無常であるこの世で生ずるかを知る。
      欲望(生存欲・社会欲)を満たそうとするとき苦が生じる。
      生きている限りは渇愛から逃れることはできない。

滅諦  苦を滅した状態。

道諦  日々すすむべき道のり、八正道。

 

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